腎移植Q&A:採血の前に薬を飲んでしまいました
腎移植を受けた方は診察のたびに採血検査をします。
もちろん、腎機能が問題ないかを確認することが一番重要です。その次くらいに大事なのが「免疫抑制剤」の「血中濃度」を測定することです。
腎移植に用いる「免疫抑制剤」のうち、「血中濃度」を測定する薬剤は、タクロリムス(プログラフ、グラセプター)、シクロスポリン(ネオーラル、サンディミュン)、エベロリムス(サーティカン)、ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト)があります。
これらの薬は、同じ量を飲んだとしても、どのくらい「効きめ」が出るかに個人差があります。なぜ「効きめ」の個人差が出てくるかというと、薬を口から飲んだ後に溶けて消化管で吸収されるスピード、吸収されたあと血液の中に入ってやがて肝臓などで分解されるスピード、胆汁や尿の中に排泄されるスピード、それぞれに個人の違いがあるからです。
そこで、「血中濃度」を測定して、その人にとっての「効きめ」を知る必要があるというわけです。なかでもうえにあげた免疫抑制剤のうち、タクロリムス(プログラフ、グラセプター)、シクロスポリン(ネオーラル、サンディミュン)、エベロリムス(サーティカン)は、「効きめ」の個人差が割と大きいとされています。
効きめが足りないと拒絶反応の原因になったり、効きめが強すぎると腎障害や感染などの重症の副作用が出る可能性があります。なかなか扱いにくい薬なのです。
さて、特にタクロリムス(プログラフ、グラセプター)の「効きめ」を正しく調べるためには、薬を飲む「直前」の「血中濃度」を測定することが重要です。
「免疫抑制剤」を飲んでから「血中濃度」を測定すると、「免疫抑制剤」を飲む前に「血中濃度」を測定した場合よりも、高い値になってしまうのは、なんとなくわかると思います。「血中濃度」を測定するタイミングが同じでないと、「効きめ」を正しく判断できないのです。
ですので、採血の前に薬を飲んでしまった日は、そのせいで「血中濃度」が普段より高くなっているため、その日は効きめの目安がない状態で投与量を決めないといけない、ということになります。
かといって、腎移植後1年以上経過している方などは、だいたい効きめも安定していることが多いので、たとえうっかり1度くらいそのようなことがあっても、致命的、、というわけではありませんのでご安心ください。毎回では困りますが。
以下、少しややこしい話ですが、それぞれの薬の血中濃度測定の意味について説明します。興味のある方だけで結構ですのでご覧ください。
①タクロリムス(プログラフ、グラセプター)、シクロスポリン(ネオーラル、サンディミュン)
免疫抑制剤の中でも、タクロリムス(プログラフ、グラセプター)、シクロスポリン(ネオーラル、サンディミュン)は特に個人差が大きくいと言われており、薬物血中濃度測定の結果を見て投与量の調整を行うことが不可欠です。
特に腎移植をしてから1年間は、同じ人で同じ量を飲んたとしても、薬物血中濃度が変化しやすかったり、必要とする薬物血中濃度が徐々に低めに変わっていくこともあり、比較的頻繁に測定を行い投与量を変更していきます。
いっぽう、腎移植後1年以上経過すると、薬物血中濃度は安定してくるほか、必要な薬物血中濃度もほぼ変わらなくなります。念のために毎回薬物血中濃度を測定はしていますが、実際に投与量を変更をすることはほとんどなくなってきます。
むしろ、少しくらい薬物血中濃度が高めだったり低めだったりしても、あえて投与量を変更せずそのまま様子を見たりすることもあるくらいです。経験上、たまたま一度だけ低かった時に慌てて投与量を増やすと、その次に来た時には逆に高すぎた、などのように、逆に不安定となってしまうことが割と多いからです。
もちろん毎回薬物血中濃度を測定することは重要です。薬物血中濃度の変化の大きな流れをつかみ、その患者さまの腎移植後の経過時間、移植腎機能、今までの感染症歴や他の免疫抑制剤の量などを参考に、必要時には投与量を適宜増やしたり減らしたりすることは、腎移植患者さまを診察していくうえでの「ワビサビ」です。
単純に血中濃度が高ければ投与量を減らす、低ければ増やすというわけでもないので、そこは経験豊かな主治医にお任せするのが一番でしょう。
②エベロリムス(サーティカン)
エベロリムス(サーティカン)も薬物血中濃度を行い投与量の調整が必要な薬です。特に投与が始まってからしばらくの間は比較的頻繁に薬物血中濃度を行わないと、予想以上に効きすぎて副作用が強く出る方が増えてしまう印象があります。
ただしこの薬は一旦投与量が安定すると、同じ人の中ではあまり効き目が大きく変わらなくなると言われており、薬物血中濃度の測定は4ヶ月に1度程度でよいとされています。
③ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト)
ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト)の薬物血中濃度を測定している腎移植施設は3分の1程度と言われています。グラセプターやサーティカンと比べると、測定していない施設が少ないと言えます。
理由は2つあります。1つめは、グラセプターやサーティカンのように、1回の採血では効き目が判断できないことです。薬を飲む前、飲んだ後1、2、6時間後など最低4回くらいの採血を行わないと正しく効きめを判定できないのです。毎回、診察のたびにそんなに何回も採血を行うわけにはいきませんよね。
また、もう1つの理由は、体重や性別に応じて投与量を決めると、だいたい期待通りの効果が得られることが多いからです。
私が勤務していた神戸大学では、以前はセルセプトの薬物血中濃度測定を行っておらず、体格や性別、年齢によってまず投与する量を決めて、下痢や貧血、感染などの副作用が出た場合は少しずつ減らす、という方法で投与量を決めてきました。
そして、ある時期以降の患者さまには、腎移植後半年以内に2回ほど1日4回の採血で効き目を確認するようにしています。このような方の薬物血中濃度を確認すると、ほとんどの方で理想的な値となっており、やはり経験的な投与量がほぼ正しかったことが確認されました。
まれに思ったよりも高めの値となっている方がいますが、このような方が同じ投与量で経過すると、いずれは何らかの感染症になったりするのかもしれないと思いながら、必要時は投与量を変更します。いずれにしても、やはり受診のたびに4回以上の採血を行い薬物血中濃度を測定することは現実的ではありません。
少なくとも特別な理由がない限り、腎移植後1年以上が経過した方では、ミコフェノール酸モフェチル(セルセプト)の薬物血中濃度の測定はしなくてもよいかと個人的には考えています。