前立腺肥大症
高齢の男性で、夜中に何度もトイレに行く、尿が出るまで時間がかかる、尿の勢いが弱いなどの症状が出てきた場合、その多くは前立腺肥大症が原因です。薬を飲むことで尿の勢いが良くなったり、夜間の尿回数が減りますが、それでも治らない場合は内視鏡手術で治療することもあります。
目次
前立腺肥大症とは(概要)
若い頃は夜中におしっこで目が覚めるなんてことはなかったはずです。いつの頃からか、夜中に1回くらいは起きておしっこををするのが当たり前になって、最近では2回に増えてきた、、人によっては3〜4回目が覚めて、睡眠不足になる、なんてこともあります。
ある人は、駅のトイレで後からきた隣の若い男性が、「ジャー」とおしっこを済ませて先に出て行くことが増えた、と言います。自分は、チョロチョロ、チョロチョロと時間がかかり、下手すると次の人がまた来て「ジャー」と先に済ませてしまうなんてこともあります。
そして、やっと全部出たと思いブルンブルン。チャックを閉めると、「あっ、、」ズボンの股の部分にほんわかと濡れ染みが出来てしまいました。
ほとんどの場合、このような症状は前立腺肥大症によるものです。「歳のせいだから仕方ない」とあきらめている方もいます。
でも歳だからといって全員がそうというわけではありません。毎日勢いよくおしっこを出して、夜中もおしっこで起きない、起きてもせいぜい1回程度、という方もいるのです。人生100年時代、できることなら気持ちよくおしっこをして、気持ちよく夜は熟睡したいものです。
おしっこのことでお悩みのあなた。さまざまな治療方法を提案して悩みを可能な限り解決します。もちろん、痛い検査、恥ずかしい検査など無理に行うことはありません。思い切って泌尿器科を受診しましょう。
さて、前立腺は男性にしかない臓器で、精子に栄養を与える前立腺液を作っています。前立腺はクルミのような形をしていて、尿道の一番奥、つまり膀胱の出口部分で尿道を取り囲むように存在します。
歳をとると誰でも多少は前立腺が大きくなります。その程度によっては尿道が圧迫されるようになり、頻尿、残尿感、排尿困難、尿勢低下、夜間頻尿、尿意切迫感、尿失禁などを引き起こします。ある意味、一種の加齢現象ではあります。
☑︎ 頻尿(夜間頻尿)
☑︎ 尿意切迫感(尿失禁)
☑︎ 残尿感
☑︎ 排尿困難
☑︎ 尿勢低下
☑︎ 排尿終末時滴下
しかし、このような症状がひどくなると、生活をする上で不便になるほか、排尿困難などを放置することで、気づかないうちに残尿(トイレで排尿をした後に出しきれずに膀胱へ残った尿のことを残尿と言います)が増えてしまいます。なかには、ある日突然、とても尿をしたいのに出せない、という非常に苦しい事態におちいる方もいます。これを尿閉と呼びます。さらに、放置することで感染を引き起こしたり腎不全の原因になることもあります。
ではなぜ歳を取ると前立腺が大きくなるのでしょうか。男性ホルモンを抑えることで前立腺は小さくなることはわかっています。そのことからも、加齢によって男性ホルモンの働きのバランスが崩れることが関係しているのはではないかと言われていますが、正確な原因は不明です。
一説によると、60歳で10人中6人、80歳では実に10人中9人の割合で前立腺が肥大していると言われています。ただ不思議なことに前立腺が大きくても排尿の症状がない方もいれば、それほど大きくないのに症状が強い方もいます。また、同じ前立腺肥大症でも、「頻尿」や「夜間頻尿」で困っている人、「尿勢低下」で困っている人、「尿失禁」で困っている人、など症状はさまざまです。
前立腺肥大症の治療薬は、たくさんの種類があります。それぞれの薬で効果や特徴が違います。あなたにあった薬をためし、効果のあった薬をしばらく続けて飲む、というのが前立腺肥大症の治療の基本です。
そして、薬で症状がどうしてもよくならない場合は、内視鏡手術でレーザーを用いて前立腺くり抜いたり蒸散させて、尿の通り道を拡げるような手術をすることもあります。
もちろん、手術をするのはどうしても症状が良くならない、あるいは残尿が多くなりすぎて、そのままいくと健康になんらかの支障をきたす方に限られます。いきなり手術、なんてことはまずありません。あなたに合った治療を相談しながら一緒に決めていきましょう。
前立腺肥大症の症状
初期症状は、尿の回数が多くなることです。つまり昼間の「頻尿」や、夜寝てから何回も排尿のために目が覚める「夜間頻尿」などです。昼間(朝起きてから夜寝るまで)の尿回数が8回より多い場合、就寝後1回以上排尿で起きる場合が、それぞれ「頻尿」とされています。ただし、これは便宜上決められた基準で、大事なことは尿の回数が多くて困っているかどうかです。
そのほかの前立腺肥大症の症状として、尿が出るまでに時間がかかる「排尿困難」があります。尿の勢いが弱くなってチョロチョロとしか出ない「尿勢低下」、尿のキレが悪くなり全部出したつもりでもまだ出そうな感じがする「残尿感」もあります。原因はよくわからないのですが、昼間は割とサーっと出るのに、夜間起きてトイレに行った時は特に勢いが弱い、、という方も多いです。ひどくなると、お腹に力を入れないと尿が出なかったり、途中で尿が途切れる「尿線途絶」といった症状も出ます。
また人によっては、急に強い尿意をもよおす「尿意切迫感」、あるいはそのためにトイレまで間に合わずにもれてしまう「切迫性尿失禁」などの症状も出ます。あるいは排尿が終わり、服を直した後に残っていた尿が下着を濡らす「排尿後尿滴下」、などがあります。
このような症状は生活に大変に支障をきたすばかりではありません。放置してひどくなると、尿が溜まって排尿したいのに出せなくなり大変苦しい「尿閉」になることがあります。
出しきれなかった古い尿がいつも膀胱に溜まっていると、細菌感染を起こしやすくなります。「膀胱炎」や「腎盂腎炎」になると排尿時の痛みや熱が出ます。また、尿が出しきれず、膀胱のなかに残尿が大量に残っていると、尿の流れの上流にある腎臓が腫れる「水腎症」になります。「水腎症」が長期間続くと「腎不全」を引き起こし、むくみなどの症状が出ることもあります。これが続くと生命に関わる状況になることもあるので放置は厳禁です。
前立腺肥大症の検査、診断
前立腺肥大症の症状の強さを判断するために、特別に作られた「国際前立腺症状スコア」という問診票があります。これを記載していただき、現在の排尿状態を把握します。排尿の症状は前立腺肥大症だけが原因とは限りません。脳梗塞や糖尿病、腰椎椎間板ヘルニアや直腸の手術などが原因で「神経因性膀胱」になっている場合も、頻尿や尿勢低下が出ることがあります。
「神経因性膀胱」は「前立腺肥大症」とは違う病気です。治療方法も違ってくることが多く、単に尿が出にくい、回数が多いからと言って、必ず「前立腺肥大症」とは限りません。また、風邪薬、睡眠薬、精神安定剤、不整脈の薬、花粉症の薬、などが原因で膀胱が緩んでしまい、尿が出にくくなることも割とよくあります。
尿とは全然関係がないと思われるような薬が原因となるため、注意が必要です。このため、何か他の病気にかかったことはないか、持病はないか、あるいはそれらの治療のために薬を飲んでないかなどが非常に重要です。
2回目以降の診察の際には、ご自宅で「排尿日誌」を記載してもらうこともあります。「排尿日誌」は、排尿した時間と1回排尿量を表に記載してもらうものです。少し面倒ではありますが、2日間だけでも「排尿日誌」を記載して参考にさせてもらえると、非常に治療に役立ちます。
検査としては「尿検査」、「尿流量測定」、「超音波検査(エコー)」をまず行います。これらにより前立腺の大きさや尿の勢い、血尿や尿路感染を併発していないかを調べます。
前立腺肥大症で「超音波検査(エコー)」を行う場合、「経直腸エコー」という方法があります。肛門から棒状の機械を挿入してより詳しく前立腺を観察する、という方法ですが、不快感が強いため、行われることは少なくなっています。少なくとも当院では特別な理由がない限り行うことはありません。最近では、下腹部をゼリーでヌルヌルとするだけの「経腹的エコー」が行われることがほとんどです。
超音波検査(経腹的エコー)
また必要に応じて「直腸診」、「尿路造影」、「膀胱鏡」などを行うこともありますが、これらの検査は多少なりとも痛みや不快感を伴います。行わないと診断が全くできないわけではございませんので、本当に行うかどうかは必要性に応じてご本人とよく相談のうえ判断します。
直腸診
なお、前立腺肥大症と前立腺癌は全く関係のない病気です。しかし、同じくらいの年齢に多い病気であり、またどちらも泌尿器科で診察する病気です。そこで、排尿の症状で受診された前立腺肥大症の患者さまは、せっかく泌尿器を受診しているので、前立腺癌検診(PSA検査)も行うことをお勧めしています。少量の採血検査で結果がわかります。
前立腺肥大症の治療
初めて前立腺肥大症で受診された方は、よほどの重症でない限り、まずは飲み薬の治療を試します。前立腺肥大症の薬には、以下のようにさまざまな種類があります。
数種類の薬剤を組み合わせて使用しても、なかなか良くならない場合は手術をした方が良いかもしれません。また検査の結果、出し切れずに膀胱に残っている尿(残尿)が非常に多い場合なども、手術の適用となります。
① 前立腺部尿道をひろげる薬(α1遮断薬)
この系統の薬は数種類ありますが、どれも比較的よく効き、尿が勢いよく出るようになります。また、勢いがよくなるだけでなく、尿の回数を減らす効果もあります。
しかしこの系統の薬は、前立腺肥大症を治す薬ではなく尿の勢いを良くする薬です。どういうことかというと、たとえば血圧の薬は高血圧を治すわけではなく、飲んでいる間は血圧が下がげる薬です。糖尿病の薬も、糖尿病を根本的に治すわけではなく、血糖値を下げる薬なのです。これと同じで、α1遮断薬は飲んでいる間は尿の通り道が広がり出やすくなる、という性質の薬であるため、効果があった場合はしばらく飲み続けた方がよいでしょう。
副作用として、人によって血圧が下がることがあります。「起立性低血圧」いわゆる「立ちくらみ」に注意が必要です。もともと血圧が低めの方はこの副作用が強く出ることがあるため注意が必要です。また、50代など比較的若年の方がこの種の薬を飲むと、射精障害が起こることがまれにあります。射精した感じはするのに、精液が出てこなくなります。この場合、出るはずの精液は膀胱側に逆流しているだけです。逆流した精液は尿と一緒に排泄されます。特に身体に害はないのですが、気になる方は薬の服用を中止すれば治ります。
②漢方薬、植物製剤
この系統の薬にも色々な種類があります。漢方薬もこれに含まれます。市販薬などで尿の勢いがよくなる、とされているものの多くはこの系統です。薬局で購入するより医療機関で処方されれば、同じ薬を保険適応で、つまり自己負担額は少なく使用できます。体質に合えばよく効くことも多いです。副作用が非常に少ないのも、これらの薬のよいところです。
③前立腺を小さくする薬(5αレダクターぜ阻害薬)
男性ホルモンを抑えることで前立腺を小さくする薬です。肥大した前立腺が小さくなるわけですので、もちろん効果が期待出来ます。前立腺が小さくなるまで半年くらいかかるため、ほかの薬と併用することが多いです。ただし、小さくなると言っても2〜3割減くらいなので、人によってはあまり効果が実感できないこともあります。
副作用として、男性ホルモンの作用が減り、性欲低下や勃起障害などの副作用が出ることがあります。性的に活動性のある方の場合、使用しない方がよいかもしれません。またこの薬でを飲むことで、前立腺癌検診の採血項目であるPSAの数値が低下します。これを知らずに前立腺癌検診でPSAが正常値だったと安心していると前立腺癌を見逃してしまうことがあり、必ず専門の泌尿器科で注意しながら投薬を受けることが需要です。
④前立腺の血流を良くする薬(PDE5阻害薬)
この薬は、もともと勃起障害の治療に対する自費治療として使用されていた薬でした。ところが、どうもこの薬を飲んでいると、勃起力が改善するだけでなく尿の勢いもよくなるようだ、ということがわかったきたのです。そこで現在では、勃起障害の治療として使用されていた量の半分を毎日内服することで、前立腺肥大症の治療として保険適応薬剤として使われるようになりました。
副作用としては、火照り感や鼻の詰まり、目のかすみなどがあります。また、心臓の病気でニトロを使用されている方は使用できません。
⑤膀胱を緩める薬(抗コリン薬、選択的β3受容体刺激薬)
膀胱を緩める薬には大きく分けて2つのタイプのものがあります。抗コリン薬は消化管や膀胱などになる副交感神経の働きを抑えることで、これらの臓器の働きを弱めます。
膀胱が尿を押し出す筋肉の緊張が和らぐため、尿の回数が減ったり、漏れが減ったりします。特に、「急に尿意が出て慌てて行くが間に合わない」という症状にはこの薬が良く効きます。ただし、人によっては消化管の働きが抑えられるため、便秘になったり、唾液の分泌が減って口が乾くことがあります。ふらつきや認知症の悪化が出ることもあります。
さらに前立腺肥大症でこの薬を使う場合は、効きすぎると尿の勢いがさらに悪くなることがあります。それだけならいいのですが、気づかないうちに「残尿」が増えてしまっていて、ある日突然尿を出したくても出なくなってしまうことがあります。この状況を「尿閉」と言います。
こうなると救急処置を必要とする事態にもなりかねません。頻尿に対して、安易に抗コリン薬を処方されたことが原因で「尿閉」になってしまい、苦しむ方を今まで何人も見てきました。泌尿器科でしっかりと評価した後に投薬を受けるようにしましょう。
さて、同じ膀胱を緩める薬でも、もうひとつのタイプ「選択的β3受容体刺激薬」は、比較的尿閉の副作用が少なく、また尿回数を減らす効果もそれなりに高い良い薬です。ただしやはり「尿意切迫感」や「尿失禁」には「抗コリン薬」の方が良く効く印象があります。
微妙なさじ加減で薬の種類を決めたり、量を調整することで、その方にあった治療をすることが重要です。やはり「前立腺肥大症は、泌尿器科」です。
⑥内視鏡手術療法
人によっては、薬を飲んでもなかなか尿の勢いがよくならない、尿が全部で出切らずに常に大量の残尿が膀胱へ残っている、たびたび「尿閉」を起こす、など、重症の前立腺肥大症の方もいます。そのような方は内視鏡手術がおすすめです。数日間の入院が必要ですが、尿道から内視鏡を入れて肥大した前立腺をレーザーを使ってくり抜く「HoLEP(ホーレップ)」と呼ばれる手術です。
また同じくレーザーで前立腺を内側から蒸散させて薄くする「PVP(ピーブイピー)という手術もあります。いずれも侵襲が少なく高齢の方でも安全に行うことができ、かつ治療効果も高い良い治療です。
当院で前立腺肥大症診察
尿が出にくい、勢いが弱い、尿回数が多い、急な尿意で間に合わない感じがある、夜間に何度も尿で目が覚める、など前立腺肥大症を疑う症状がある方が、初めて当院を受診される場合の、典型的な流れを以下に示します。なお、ご年齢、微妙な症状の違い、ご自身のご希望などにより、行う検査や治療薬は異なる場合があります。ここにお示しするのは、あくまで典型的なパターンでほんのひとつの例にはなりますが、ある程度ご参考になると思います。
- WEB予約を取得、WEB問診に回答
- 予約時間帯の15分前に来院します
- 受付で検尿コップと番号札を渡しします
- トイレで尿を採取し、小窓に提出します
- 検尿の結果が出たら番号をお呼びします
- 診察で症状をさらに詳しくお聞きします
- エコー検査で前立腺サイズを調べます
- 症状、検査結果から、治療薬を決めます
- ご希望の方はPSA採血をします
- 診察は終わりです
- 会計をして処方箋を渡します
- 院外薬局で薬を受け取ります
2回目以降の診察では、やはり検尿をします。薬の効き具合を確認して、十分効果がえられているようであれば、引き続き同じ薬を出します。効果が不十分であれば薬おを変更したり、追加したりします。初診時にご希望され、前立腺がん検診であるPSA採血を行った方には、結果をご説明します。